看板を作ったら、テレビが取材に来た。そんな経験が、これまで何度かあります。
もちろん、看板を作ればテレビに出られるわけではありません。派手にすればいいわけでもない。お金をかけて巨大な看板を作れば、テレビ局がやってくるわけでもありません。
では、テレビが「ちょっと取材してみたい」と思う看板には、何があるのでしょうか。
私はこれまで、看板を作る側としてだけでなく、テレビ番組から看板についてコメントを求められたり、面白い看板を紹介したりする仕事もしてきました。
そんな経験から、一つ思うことがあります。
テレビが食いつく看板には、「なんだ、これ?」があります。
私の言葉でいえば、そこには**「VOW的センス」**があるんです。
「来ればわかる」という謎の看板
以前、テレビ朝日の『スーパーJチャンネル』から、看板についてコメントを求められたことがあります。
番組が追いかけていたのは、「来ればわかる」という看板でした。
矢印と、「来ればわかる」という言葉。それだけです。
普通なら看板には、店名や会社名、何を売っているのか、どこにあるのかなどを書きます。
ところが、
「来ればわかる」。
これでは何もわかりません。
いや、何もわからないから、気になるんです。
「行ったら何がわかるんだ?」
番組は、その看板を追いかけていきました。
同じような看板が町の中に一定の間隔であり、それをたどっていくと、だんだん山の方へ向かっていく。
そして、行き着いた先は石材屋さんでした。
さらに面白かったのが、
「来ればわかる」はキャッチコピーではなく、会社名だったこと。
私も当時、このことを知って驚きました。
テレビ局から私のところへ来たのは、この変わった看板を看板の専門家としてどう見るか、コメントしてほしいという依頼でした。
看板そのものは、とてもシンプルです。でも、テレビ局がわざわざ追いかけて番組にした。これは面白いことだと思います。
テレビにとって「?」は取材の入口になる
私は街を歩いていて、「謎の店」という看板を見たこともあります。
これも気になります。
何の店なんだ?
そもそも「謎の店」が店名なのか?
中に入ったら何があるんだ?
看板が答えを教えてくれるのではなく、逆に疑問を投げかけてくる。
私は看板ハンターとして街を歩いていると、こういう看板に目が行きます。
そして、テレビの人たちも似たところがあるのかもしれません。
「何だろう?」
と思ったら、調べたくなる。
現地へ行ってみたくなる。
店主に理由を聞きたくなる。
そこから取材が始まります。
ただし、この「謎」については、次の記事で改めて詳しく考えます。
ここで言いたいのは、
看板にある「?」が、テレビにとって取材の入口になることがある
ということです。
買取店に「ろくろ首」を作った
今度は、私たちが手掛けた看板の話です。
2018年、新宿に旗艦店を開く買取専門店「大吉」から看板の相談がありました。
要望の一つが、店の知名度を上げること。
そして、SNSで写真を撮りたくなるような看板にしたいというものでした。
そこで複数の案を考え、最終的に採用されたのが、
巨大な「ろくろ首」の看板
でした。
向かいには神社があり、外国人も多い新宿という場所。
そこで和の雰囲気を取り入れ、妖怪のろくろ首をモチーフにしました。
ただ、変なものを作ればいいと思ったわけではありません。
「ろくろ首」と「買取」を掛けながら、「首を長くして買取査定を楽しみにしてもらう」という意味も持たせました。
縦に長い建物の特徴も利用しました。
巨大な提灯のような立体造形で、夜になると明かりが入る。
遠くから見ても、
「何だ、あれ?」
となる看板です。
この看板は、設置後に朝のテレビ番組でも取り上げられました。
残念ながら、どの番組だったかまでは今となっては記憶が曖昧です。
ただ、私には一つ印象に残っていることがあります。
テレビに映したときに、絵になるんです。
「なぜ、ろくろ首?」まであると話になる
もし普通の買取店の看板だったら、どうでしょう。
きれいに店名が書いてある。
よく目立つ。
デザインも整っている。
看板としては、それで十分役割を果たすこともあります。
でも、テレビ番組の立場になったら、
「この看板を取材しよう」
という理由は、なかなか生まれないかもしれません。
ところが巨大なろくろ首なら、
「なんで買取店に、ろくろ首なんですか?」
という質問が生まれます。
そして、聞いてみると理由がある。
立地の話がある。
デザインの話がある。
店側の狙いがある。
つまり、看板一つから話が広がっていくんです。
私は、テレビが取材したくなる看板には、こういう**「話のタネ」**があるように感じています。
『マツコの知らない世界』で求められたもの
私自身、TBSの『マツコの知らない世界』にも出演したことがあります。
そのときのテーマは「巨大看板の世界」。
私は巨大看板ハンターとして出演しました。
番組側から求められたのは、
大きなおもしろ看板を紹介してほしい
ということでした。
ここが面白いところです。
単に「大きな看板」ではありません。
「大きくて、おもしろい看板」
なんです。
街には大きな広告がたくさんあります。
ビルの壁いっぱいの広告もあります。
巨大な企業名の看板もあります。
でも、大きいというだけで全部がテレビ番組になるわけではありません。
そこに、
「何これ?」
「どうしてこんな形なの?」
「誰が考えたんだ?」
という面白さが加わる。
テレビは、そこを見ているのだと思います。
私が言う「VOW的センス」
こういう看板を見ていると、私が昔から好きな『VOW』を思い出します。
街の中にある変な看板。
おかしな貼り紙。
妙な言葉。
本人は大真面目なのに、見る側からすると、なぜか笑ってしまうもの。
私は、そういうものに昔から惹かれてきました。
だから私は、テレビが食いつく看板を考えるとき、
「VOW的センス」
という言葉がしっくりきます。
これは、「ふざけた看板を作りましょう」という意味ではありません。
奇抜なら何でもいい、という話でもない。
街を歩いていて、
「あれ?」
と足が止まる。
思わず誰かに、
「こんなのあったよ」
と話したくなる。
そんな小さな引っかかりです。
「来ればわかる」には、それがありました。
ろくろ首にもありました。
『マツコの知らない世界』から求められた「大きなおもしろ看板」にも、同じものがあると思います。
ジャーナリズム研究にも「意外性」がある
私が現場で感じてきたこの感覚と重なる研究もあります。
ジャーナリズム研究には「ニュース価値(news values)」という考え方があります。
Tony HarcupとDeirdre O’Neillは、ニュースとして選ばれやすい要素について研究し、2017年の論文で、**Surprise(驚き・意外性)、Entertainment(娯楽性)、Audio-visuals(写真や映像としての強さ)、Shareability(共有されやすさ)**などをニュース価値として挙げています。
もちろん、これらの要素があればテレビに出られる、という意味ではありません。
ニュースになるかどうかは、媒体や編集方針、その日の出来事など、さまざまな条件によって変わります。
それでも、私がテレビの仕事を通じて感じてきた、
「ただ目立つだけではない」
「ちょっと意外なものにテレビは反応する」
「映像にしたとき面白いものは強い」
という感覚と、重なる部分はあります。
テレビに出ることを目的にしない
ここで一つ、間違えたくないことがあります。
テレビに出るためだけに看板を作らないことです。
「テレビに取材されたいから、とにかく変なものを作ろう」
となったら、私は違うと思います。
看板には、本来の仕事があります。
店を知ってもらう。
興味を持ってもらう。
何の店なのか伝える。
店の魅力を伝える。
そして、できればお客様の行動につなげる。
そこが先です。
そのうえで、
「何だ、これ?」
という引っかかりが生まれる。
人に話したくなる。
写真を撮りたくなる。
理由を聞きたくなる。
その先に、テレビやネットで取り上げられることがある。
順番は、こちらだと思います。
「この看板、取材してください」の前に
テレビ局に、
「新しい看板を作ったので取材してください」
と連絡することはできます。
でも、テレビの人からすれば、知りたいのは「新しい看板を作った」という事実だけではないでしょう。
「それで、何が面白いんですか?」
という話になります。
だから看板を作るとき、少し考えてみてもいいと思います。
この看板には、誰かに話したくなるものがあるだろうか。
「なぜ?」と聞きたくなるものがあるだろうか。
写真や映像にしたときに、面白いだろうか。
店主に話を聞いたら、もう一つ話が出てくるだろうか。
テレビに取り上げられるかどうかは、誰にも約束できません。
でも、テレビ局がわざわざ追いかけた「来ればわかる」のように、人を動かす最初の小さな引っかかりは、看板にも作ることができます。
私はそれを、ちょっと古い言い方かもしれませんが、
「VOW的センス」
と呼んでいます。
街でそんな看板を見つけると、今でも私は足を止めます。
「なんだ、これ?」
たぶん、テレビの取材も、そこから始まることがあるのでしょう。





