アイラブ歌舞伎町の仕事 / 言葉をデザインした看板デザイン・アイデアラボの代表的な仕事

アイラブ歌舞伎町

一枚の看板が、歌舞伎町のランドマークになるまで

新宿・歌舞伎町。

日本を代表する繁華街であり、世界的にも知られている街です。

昼と夜ではまったく違う表情を見せ、映画館、飲食店、ホテル、劇場、歓楽街がひしめき合う。整然としているというより、たくさんの情報と人の感情が重なり合い、独特の熱気を生み出しています。

そんな歌舞伎町に、巨大な「アイラブ歌舞伎町」のサインをつくりました。

文字の全長は約19メートル。

ハートマークだけでも約2.5メートルあります。

赤い砲弾型LEDを全面に使い、光が点滅する巨大なランドマークサインです。

この仕事は、看板デザイン・アイデアラボにとって、今も代表的な仕事の一つです。

東京屋外広告コンクールでは、公益社団法人東京屋外広告協会会長賞を受賞。

さらに、DSA 日本空間デザイン賞2015でも入賞・入選しました。

もちろん、こうした評価をいただけたことは大きな喜びでした。

ただ、完成から長い年月が経った今、この看板について一番うれしく思っているのは、賞をいただいたことだけではありません。

この看板が、いつの間にか本当に「歌舞伎町の風景」になっていったことです。

歌舞伎町という街から考えた看板

「アイラブ歌舞伎町」を考えるうえで、私たちが最初に向き合ったのは、歌舞伎町という街そのものでした。

歌舞伎町の街づくりには、戦前・戦後の都市計画家で、東京都建設局長も務めた石川栄耀の思想が大きく関わっています。

石川栄耀は、戦後の焼け野原から新しい盛り場をつくるにあたり、健全な娯楽の街を目指しました。

そこで重視した考え方の一つが、「景観の封閉」です。

簡単にいえば、遠くまで見通せる真っすぐな街ではなく、視線の先に建物や街の風景が現れる構造にすること。

歌舞伎町にはT字路が多くあります。

道を進むと、その突き当たりに建物が見える。

曲がれば、また新しい街の表情が現れる。

どこを見ても「盛り場の中にいる」という感覚をつくるための都市設計です。

私たちは、この石川栄耀の思想を看板デザインに取り入れたいと考えました。

「アイラブ歌舞伎町」を設置した場所も、まさにT字路の突き当たりです。

道の先に壁面があり、歩いてくる人の視線を正面から受け止める。

看板を設置する場所として、これ以上ないロケーションでした。

そこで私たちは、単に店名や情報を表示するのではなく、

街そのものを象徴する看板をつくろう

と考えました。

広告のためだけの看板ではなく、その場所にしか成立しないサイン。

歌舞伎町という街そのものが主役になるようなサインです。

だから、言葉も難しくしませんでした。

「I LOVE 歌舞伎町」。

それだけです。

誰にでもわかる。

外国人にも意味が伝わる。

そして何より、その街そのものへの愛情を真正面から表現できる。

とても単純な言葉ですが、だからこそ強い。

あれこれ説明を加えるより、この街にはこのくらいまっすぐな言葉の方が似合うと思いました。

歌舞伎町の「混沌」をデザインする

歌舞伎町の魅力は、きれいに整理されていることではありません。

さまざまな色があり、さまざまな人がいて、無数の看板やネオンがあり、それらが一つの街に共存しています。

少し猥雑で、少し騒々しい。

でも、だからこそエネルギーがある。

その歌舞伎町らしさを、看板で表現したいと考えました。

コンセプトは、

「都市にノイズを注入する」

というイメージでした。

使用したのは、赤色の砲弾型LEDです。

小さな赤い光を大量に並べ、さらに点滅させる。

遠くから見ても非常に強い存在感があります。

きれいに整え過ぎるのではなく、少し過剰なくらいがいい。

むしろ、周囲の看板や光に負けないくらいの強さが必要でした。

歌舞伎町には、もともと強い情報があふれています。

その中で存在感を出すには、おとなしいデザインでは埋もれてしまいます。

上品にまとめることよりも、歌舞伎町という街が持っている熱、雑多さ、刺激、エネルギーを、そのまま形にすることを優先しました。

結果として生まれたのが、巨大な「I LOVE 歌舞伎町」です。

街そのものの名前を、巨大な文字として掲げる。

広告でありながら、街へのメッセージでもある。

「この街が好きだ」。

そんな単純で強い感情を、そのまま看板にしたかったのです。

「写真を撮られる看板」を最初から考えていた

この看板を企画した当時、私たちがもう一つ意識していたことがあります。

それが、

スマートフォンで撮影される看板にすること

でした。

従来の看板は、その場所を通った人に見てもらうことが基本でした。

しかし、スマートフォンとSNSが普及すると、一人が撮影した写真が、その場所にいない何百人、何千人という人の目に触れるようになります。

つまり、看板を見る人だけではなく、

看板を撮影する人までデザインする。

そんな考え方が必要になると思いました。

だから「アイラブ歌舞伎町」は、遠くからでもわかる大きさにしました。

そして、写真に入れたときに「歌舞伎町に来た」ということがひと目で伝わる言葉を使いました。

ハートマークも大きくしています。

単に壁面に情報を載せるのではなく、

「ここで写真を撮りたくなるか」

という視点を持って設計しました。

当時から、SNSで写真が共有され、そこからさらに人へ広がっていくことを意識していました。

今振り返ると、「撮影され、共有されること」を前提につくったこの看板は、その後の時代と非常に相性のいいものになりました。

今なら「フォトスポット」という言葉で説明できるかもしれません。

ただ、当時は今ほど、その考え方が一般的だったわけではありません。

看板が見られるだけではなく、撮られ、誰かの投稿によって、また別の人に届く。

その流れを意識していたことは、この仕事の大きな特徴だったと思います。

本当に人が写真を撮る看板になった

完成後、歌舞伎町を歩いていると、この看板にスマートフォンを向けている人を見かけるようになりました。

日本人だけではありません。

海外から来た観光客が、看板を背景に記念写真を撮っていることもあります。

私たちが企画段階で考えていた、

「写真を撮ってもらう」
「SNSで広がっていく」

ということが、実際に街の中で起こるようになりました。

これは、看板をつくる人間にとって、とても面白いことです。

看板そのものが情報を発信しているだけではありません。

通りかかった人が写真を撮り、その人自身が発信者になる。

そして一枚の写真が、東京を越え、日本を越え、世界へ広がっていく。

看板の価値は、設置されている壁面の大きさだけでは測れなくなりました。

一人が撮影した一枚の写真が、何十人、何百人、場合によっては何万人という人に届く。

そう考えると、看板は街の中に固定されたメディアでありながら、SNSを通じて外へ広がっていくメディアにもなる。

「アイラブ歌舞伎町」は、その可能性を実感させてくれた仕事でもありました。

テレビを見ていると、突然「アイラブ歌舞伎町」が現れる

そして、完成から時間が経つにつれて、さらに面白いことが起こるようになりました。

テレビを見ていると、突然「アイラブ歌舞伎町」が映るのです。

歌舞伎町に関するニュース。

街頭インタビュー。

情報番組。

バラエティ番組。

テレビドラマ。

音楽に関係する映像。

インターネット動画。

さまざまな場面で、背景にこの看板が映ります。

しかも、「この看板を紹介します」という番組ではありません。

単に、新宿や歌舞伎町の街を撮影している。

その風景の中に、ごく自然に「アイラブ歌舞伎町」が入っているのです。

テレビを見ながら、

「あ、また映っている」

と思うことがあります。

私は、これがとてもうれしい。

看板が取材対象として映るのではなく、「歌舞伎町を表す背景」として映っているからです。

新宿や歌舞伎町らしい映像を撮ろうとした時、そのフレームの中にこの看板が入っている。

これは、ある意味では受賞とはまた別の評価なのだと思っています。

つくった側が「ランドマークです」と宣言しても、それだけではランドマークにはなりません。

第三者が街を表現するときに自然と使うようになって、初めてその場所の記号になっていく。

「アイラブ歌舞伎町」は、少しずつそういう存在になっていきました。

看板が「街の風景」になる

ランドマークという言葉は、簡単に使われます。

新しい大型看板をつくれば、「街の新しいランドマーク」と紹介されることもあります。

でも、本当にランドマークになるかどうかは、つくった側が決めることではないと私は思っています。

街を歩く人が覚えてくれる。

写真を撮る。

映像の背景に使われる。

何年もその街にあり続ける。

そうした時間の積み重ねが必要なのだと思います。

東京タワーが映れば東京を感じる。

渋谷のスクランブル交差点が映れば渋谷だとわかる。

道頓堀の巨大看板を見れば大阪を思い出す。

そこまで大きな存在と比較するつもりはありません。

けれど、「アイラブ歌舞伎町」も、新宿や歌舞伎町の映像の中に一瞬映るだけで、

「あ、歌舞伎町だ」

と感じてもらえる景色の一つにはなってきたのではないかと思います。

完成直後には、まだ「新しい看板」でした。

それが一年、三年、五年、十年と街に存在することで、いつの間にか「そこにあるもの」に変わっていきました。

看板というものは、取り付けた日が完成なのではないのかもしれません。

街の中で時間を過ごし、人に見られ、記憶されていく。

その時間まで含めて、看板なのだと思うようになりました。

賞をいただいたこと。そして、それ以上にうれしいこと

「アイラブ歌舞伎町」は、公益社団法人東京屋外広告協会会長賞を受賞しました。

また、DSA 日本空間デザイン賞2015でも入賞・入選しました。

専門家の方々から評価していただいたことは、もちろん大きな喜びです。

看板デザインに携わる者として、大変ありがたいことでした。

ただ、完成から長い年月が経った今、

「この仕事で一番うれしいことは何ですか」

と聞かれたら、私は少し違う答えをすると思います。

今もそこにあること。

そして、

今も人に見てもらえていること。

です。

デザインには流行があります。

街も変わります。

建物も変わります。

人の流れも変わります。

歌舞伎町も、この看板が誕生した頃から大きく変わりました。

2015年4月には新宿東宝ビルが全面開業し、巨大なゴジラヘッドが街の新しい象徴となりました。

その後もホテルや商業施設が生まれ、国内外からさらに多くの人が訪れる街になりました。

それでも「アイラブ歌舞伎町」は、そこにあり続けています。

賞には発表日があります。

でも、街に受け入れられることには、明確な発表日はありません。

誰かが写真を撮る。

誰かがテレビで使う。

誰かがSNSに載せる。

そんな小さな出来事が少しずつ積み重なっていく。

気がついた時には、街の風景の一つになっている。

私は、そんな評価のされ方もあるのだと思っています。

石川栄耀が今の歌舞伎町を見たら

かつて石川栄耀がつくろうとした歌舞伎町と、現在の歌舞伎町は大きく変わりました。

建物は高くなり、街の景観も変化し、当初考えられていた「景観の封閉」も、そのままの形では残っていません。

もし石川栄耀が、今の歌舞伎町を歩いたらどう思うでしょうか。

そして、T字路の突き当たりで赤く点滅する、全長19メートルの「アイラブ歌舞伎町」を見たら、なんと言うでしょう。

石川栄耀には、

「社会に対する愛情、これを都市計画という」

という言葉があります。

都市は建物や道路だけでつくられるものではない。

そこに暮らす人、働く人、遊びに来る人への思いがあって、初めて街になる。

そう考えると、看板もまた、街をつくる一つの要素なのかもしれません。

この派手な看板を見て、

「こんなものはけしからん」

と言われるかもしれません。

逆に、

「これも盛り場の活力だ」

と言ってくれるかもしれない。

その答えはわかりません。

ただ、そんなことを想像できるのも、この看板が歌舞伎町という街と深く結びついているからだと思います。

看板単体で考えるのではなく、街との関係で考える。

これは、「アイラブ歌舞伎町」をつくった時から変わっていない考え方です。

看板は、街の記憶の一部になる

私たち看板デザイン・アイデアラボは、これまでさまざまな看板を企画してきました。

目立つ看板。

立体看板。

トリックアートを使った看板。

思わず振り返る看板。

写真を撮りたくなる看板。

その仕事を続ける中で、強く感じることがあります。

看板は、ただ会社名や店名を伝えるためだけのものではありません。

看板一つで、その場所の印象が変わることがあります。

人が立ち止まることがあります。

写真を撮ることがあります。

その場所を誰かに教えたくなることがあります。

そして長い時間が経てば、その街の記憶の一部になることさえあります。

「アイラブ歌舞伎町」は、そのことを私たち自身に教えてくれた仕事でした。

看板デザイン・アイデアラボを代表する仕事として

現在では「アイラブ歌舞伎町」は、看板デザイン・アイデアラボを代表する仕事の一つになりました。

もちろん、最初からそうだったわけではありません。

完成した時には、まだ「新しい看板」でした。

それが一年、三年、五年、十年と歌舞伎町の中にあり続け、人に見られ、写真に撮られ、テレビやインターネットの映像に映るようになった。

そして、いつの間にか私たちが説明しなくても、「歌舞伎町の風景」として存在するようになっていました。

これは、つくった側にとって、とても大きなことです。

看板は大きければランドマークになるわけではありません。

派手だから残るわけでもありません。

その場所に合っていること。

その街の空気を持っていること。

そして、人の記憶に少しずつ残っていくこと。

そういう時間の積み重ねが必要なのだと思います。

「アイラブ歌舞伎町」。

文字の全長は約19メートル。

ハートの大きさは約2.5メートル。

赤いLEDが点滅する巨大な看板です。

でも今、この看板を見て私が一番うれしいのは、その大きさでも、賞でもありません。

テレビを見ていて、突然この看板が映る。

歌舞伎町を歩けば、誰かがその前で写真を撮っている。

そんな場面に出会うことです。

「ああ、今もここにいるな」と思います。

そして、

「街の一部になれたのかな」

とも思います。

看板デザイン・アイデアラボが考えてきた、

「看板は、街を面白くすることができる」

という思いを、いちばんわかりやすく形にしてくれた仕事。

それが、私たちにとっての「アイラブ歌舞伎町」です。

この仕事に関わってくださったすべての皆さまに、改めて感謝します。

これから先、歌舞伎町がどんな街になっていくのかはわかりません。

それでも、この赤い「アイラブ歌舞伎町」が、これからも新宿の風景のどこかに映っていてくれたら。

つくった人間として、それが一番うれしいです。

看板デザイン・アイデアラボの代表的な仕事

アイラブ歌舞伎町。

東京屋外広告コンクールで東京屋外広告協会会長賞を受賞、DSA 日本空間デザイン賞2015に入賞しました。

「アイラブ歌舞伎町」のランドマークサインは、新宿の街の混沌とした世界観を表現!

日本を代表する繁華街で、世界的にも有名な新宿歌舞伎町。2015年4月24日に新宿東宝ビルが全面オープンし、街を訪れる人が増えています。現在の歌舞伎町は、行政や地元の商店街振興組合によって街の安心・安全対策が進められ、エンターテイメントシティに生まれ変わろうとしています。

歌舞伎町は、戦前・戦後の都市計画家で東京都建設局長だった石川栄耀(いしかわ ひであき 1893-1955)が、戦後に健全な盛り場の発展を目指し、景観の封閉を主眼とした設計を指導しました。景観の封閉とはあえて見通しの良い交差点などを作らないことで、周囲のどこを見ても盛り場にいる感覚を作り出す手法。そのため歌舞伎町はT 字路の街路がベースとなっています。

「アイラブ歌舞伎町」のサインは石川栄耀の思想をオマージュし、景観が街に閉じ込められた歌舞伎町において絶好のロケーションポイントといえるT字路突き当たりの壁面に設置。都市にノイズを注入するイメージをコンセプトに、歌舞伎町の猥雑でエネルギッシュなイメージを想起させる赤色の砲弾型LEDを用いて、点滅による演出も取り入れました。

また現代社会は、ソーシャルメディア全盛の時代である。「アイラブ歌舞伎町」は歌舞伎町の新たなランドマークとしてスマホで撮影されることを意識し、TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアで日本中、世界中に拡散させることも念頭に企画・設計しています。

そして今では、多くの来街者がこのサインを写真に収めている姿が見られ、ソーシャルメディアを通じて、歌舞伎町を象徴するサインとして世界中で認知を広めつつあります。

このように「アイラブ歌舞伎町」のランドマークサインは歌舞伎町の混沌とした世界観を表現しながら、従来のサインの概念を超え、ソーシャルメディア時代における新たなサインのあり方を示した作品です。

アイラブ歌舞伎町の看板、公益社団法人東京屋外広告協会会長賞の受賞に続き、DSA 日本空間デザイン賞2015のD部門ショーウインドウ&ヴィジュアルデザイン空間の分野で、入賞・入選しました。

施工前

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施工風景

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施工後

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平成31年2月3日追記。

その後のアイラブ歌舞伎町。

このアイラブ歌舞伎町は、時間が経てば経つほどランドマークとしての輝きが増していると思います。
テレビドラマの撮影舞台になったり、有名ミュージシャンのライブステージで使われたり、歌舞伎町のニュースが流れる時に、歌舞伎町を代表するシンボルとして使われたり、歌舞伎町を代表するランドマークになりました。
歌舞伎町の街そのものは、周囲のどこを見ても盛り場にいる感覚を作り出すと言われた歌舞伎町独自の景観の景観の封閉は壊れました。
石川栄耀が今の歌舞伎町を見たら、どう思うでしょうか。

「社会に対する愛情、これを都市計画という」

この名言を持つ、石川栄耀の広告かぞえ唄。

一つとせ 広い東京の美しさ、広告なければタダの町
二つとせ 不思議に繁昌するお店、それは広告するお店
三つとせ 見事上がったアドバルン、冨士が見えます日本晴
四つとせ 嫁にやるまい広告屋、色で苦労をする男
五つとせ いつもこの道通りゃんせ、ネオンサインの人通り
六つとせ ムリなスポンサ審査員、気持ち解るか此れ女房
七つとせ なぜ此の道捨てらりょう、うれしがられてたよられて
八つとせ やがて日本の広告が、花のパリを飾ります
九つとせ ここが度胸のきめ所、広告一代名は末代
十とせ  共にスクラム組みましょう、みんなうれしい友ばかり

ランドマークサインとなった看板は、街の活力として、この街に貢献しています。
石川栄耀がこのアイラブ歌舞伎町を見たら、なんと言ってくれただろうか?

そんなことに想いを馳せたり。

そして、この巨大看板は、看板デザイン・アイデアラボの代表作になりました。
ご尽力をいただいたすべての協力者に感謝です。

このアイラブ歌舞伎町は、文字の全長19 メートル。
ハートの大きさが2.5 メートルの点滅する巨大看板です。

アイラブ歌舞伎町の仕事 / 言葉をデザインした看板デザイン・アイデアラボの代表的な仕事

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